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長寿命住宅

新総理大臣福田さんが、10月1日の所信表明演説の中で、『これからの環境を考えた社会への転換』と題する一節に、環境問題に関連して、「200年住宅」への取り組みを挙げていた。 200年と言わず、日本各地に遍在する、長い間風雪に耐え抜いてきた神社仏閣のように、300年でも500年でも使える住宅が出来れば素晴らしい。 それも、主に木材と土と石を使い、極力新建材、鉄筋コンクリートの使用を避ける事が出来れば本当に凄いと思う。 

何かで読んだ記憶があるが、鉄筋コンクリート製の建物でもせいぜい100年位の寿命らしい。 確かに、鉄筋コンクリート製のビルや、橋脚の劣化事故が時折報道されている。 現代住宅の大半は新建材を用いて、外観のきれいな洋風建築が多いように思うが、設計上の寿命はどの位なのだろう。 街を歩いていると、趣のある古い木造住宅がいつの間にか取り壊されて、”きれい”な住宅が手早く建てられてしまう光景をよく目にする。 

先の神社仏閣の例を引くまでも無く、建築技術上、200年、300年と長持ちする、木造家屋を造る事は難しい事ではなさそうだ。 真の課題は、自然と調和しつつ住みやすい地域環境デザイン、その環境との整合性のある住宅デザイン、寿命の長い住宅を建築し維持出来るようにする為の建築資金確保や税制の見直し、それらを支える法整備、古い住宅を大切に使う事への意識転換等など多岐に亘るのだろう。

今日も我が家の近くを散歩していて、落ち着いた風情のあった住宅が、”きれいな”建売住宅に変っていていたのを見て、福田さんの話をふと思い出した。 万難を排して、『200年住宅』を日本社会に根付かせて欲しい。

10月9日

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