2012年7月17日火曜日

創造力と活力の源泉となる場を設ける・・・


イスラエルの人口は僅か780万人程度だがそこには、数多くのベンチャーキャピタル(VC)があり、優れたアイディアと技術を有する若い企業が世界に羽ばたいて行く。 

その数あるVCの中でも最大手の一つJVP Fund、そのエルサレムに本拠を構えるVCとしての機能を包み込むように、JVP Media Quarterがある。 JVP Media Quarterは、JVP Fundの創業者Erel Margalit氏が、技術、創造性、社会活動の融合を実現し興奮に満ち活力に溢れる場を設けようと、2002年にその構想を描き、翌年からその実現へ向けて動き出した。 2006年には英国統治時代に建てられたビルを改修し、エルサレムの旧鉄道駅周辺の活性化も実現する大がかりな作業に着手、2008年に現在の姿が完成した。
そこにはバウハウス様式の美しい姿のビルがありJVP Fund, JVP Media Labs, JVP Communityがある。 JVP Fundは文字通りベンチャー企業に対する資金的支援がその業務、JVP Media Labsは生まれたての企業を育てて行くインキュベーションをその主たる業務とし、そのもとに集まる多くの若い企業がJVP Media Quarter内に事務所を構える。
そしてJVP Communityは、何某かのハンディキャップを有する子供に対する教育上の支援、社会生活の為の予備的支援、それらの子供の親たちに対するアドバイス等広く考えられたプログラムの提供、若い音楽家、芸術家の表現の場所などが提供されている。 驚くべきことは、JVP Media Communityの実質的な活動が徴兵前の若者によるボランティア活動により支えられているという事だ。 この様に、若い企業が生まれる環境を作り、育て試験的支援を行う一方、ハンディキャップを有する、潜在的な社会的弱者を子供の時から支援して行くシステム、JVP Media Quarterの資料を読んでいて、今こそ日本にもこの様な仕組みが必要ではないかと、つくづく思う。 

おりしも、715日朝日新聞朝刊「ザ・コラム」に渥美好司氏(朝日新聞福島総局長)が専修大学広瀬教授の言葉として「希望のある社会とはどの様なものかを想像する力、イマジネーションが今の科学政策に欠けている。 想像力は人文・社会科学の得意領域。自然科学と一緒になって考えていかなくてはならない。」とある。そしてアインシュタインの言葉「知識には限界があるが、想像力は世界を包み込む。」と結んでいる。

JVP Media Quarterのビジョンとその概念は、正に広瀬教授、或いはアインシュタインの言葉を具現化しているように思う。 3.11で被災した東北復興の為に、この様な組織を設立できないものだろうか。



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Source: http://www.jvpvc.com/

2012年7月16日月曜日

テレビ放送


  "Go Beyond Borders", "When we know it, you'll know it"...CNNの姿勢を示す様々なスローガンの中で、私が気に入っている言葉だ。 このテレビを見ていると世界中の出来ごとを素早く簡潔に報道してくれるだけではなく、アフリカ、アジア、中東など其々の地域固有の文化、社会問題など好奇心をそそるテーマを特番風にじっくりと見せてくれる。

  先程、午後6時台の時間帯に日本を代表する公共テレビのチャネルを覗いてみた。地上波総合テレビチャネルは、お笑いバラエティー、教育チャネルは子供向けアニメ番組、衛星放送第一チャネルは巨人対阪神の野球中継、衛星2チャンネルは休止、衛星3チャネルは「未解決事件File. 2 オウム真理教」と称する特別番組、衛星第4チャネルも休止、今世界で何が起きているか全くお構いなしの体だ。

  無論これは私の好みの問題だと思うが、多くのチャネルを有する公共放送、一チャネル位は時々刻々と変化する世界の「今」を見つめて報道し続ける姿勢を示してほしい。 CNNに衝撃を受けて30年、我国テレビ放送には未だに変化の兆しは無い。

2012年6月16日土曜日

世界のニュースが身近になる日は来るのだろうか

1981年末ごろだったと思うが、シカゴのホテルのテレビでCNNを初めてみた時の衝撃は今でも忘れることが出来ない。 その時の感動は、我国のテレビ、ラジオ、新聞等我国の所謂大手メディアに対する期待にも繋がった。 しかしその期待は見事に外れて、30年以上たった今も、CNNの様な日本のメディアは無い。

世界中に情報収集網を広げることは日本人には不得手である。 しかし、世界各地の情報を収集して配信する欧米の大手通信社からの情報をリアルタイムで流すことは出来るだろうに、費用の問題か、メンツの問題か或いは自らの存在価値が無くなると思うからか、視聴率を取れないからなのか、理由は分らないが、それらの通信社から最新情報を入手して国際的な出来事を出来る限り速やかに報道しようとする我国メディアはない。

本日のCNNは、午後8時過ぎから大凡1時間かけて、コマーシャルを一切入れることなく、スーチー女史のノーベル賞受賞演説の模様をライブで放送していた。 しかもロイターがライブで配信している映像を使っての放送だ。 実際にノーベル賞が授与されたのは1991年、軟禁状態にあった女史にはスピーチなどできようはずもなく、釈放された今ようやくノルウェーを訪れることが出来た。21年後の今日聴くスピーチ、とても素晴らしい内容だと思う。 途中、東京のTV局はどうかと、地上波、BS、CS各局のチャネルを覗いて見たがスーチー女史のスピーチの模様を放送している番組は皆無であった。

CNNの方はノルウェーからの映像とスピーチをライブで流し続けつつ、画面下部で文字放送を流している。 サウジアラビアの皇太子逝去のニュースも午後9時前に流れていた。 世界のニュースが少ない。 ガラパゴス・・・我国の携帯電話端末はとても優れていても世界標準になりえず国内だけで使われていることを指してこう揶揄するが、我国国民は相変わらず世界の情報から隔離されているように思う。因みにロイターのニュースサイト(日本語!)では、世界地図を表示して世界の重要情報発生源を示している。 我国のメディアが常に世界地図を念頭に報道するようになるのは果たして何時の事か。 私がCNNに衝撃を受けてから今日までの30年、未だこの様なブログを書いている始末である。

6/16/12

2012年6月12日火曜日

書棚の整理中に・・・

  日常の雑事の中でで本棚の整理は、ひときわ時間が掛るが楽しい作業でもある。 昔読んだ本に懐かしさを感じつい手にとって読み始めてしまう事は誰もが経験することだろう。 今もついその表紙を開いてしまった本がある。 1987年に講談社から発行された糸川英夫博士著「日本が危ない」、その128頁に次の様な文章がある。

「イスラエルはまったく違う。砂漠で農業が出来ないから、農産物を輸入すればいいというのではなく、砂漠でも何とか農業ができないものかと、一所懸命に考えて、独自の方法を開発した。それも、砂漠という農業にとっては致命的な悪条件を、逆に利用したすばらしいアイディアである。 ユダヤ人は常に周辺民族との苦しい戦いを強いられ、流浪の旅でも迫害され続けてきた。だから、例え農産物を何処かの国から輸入しても、その国との関係が悪くなって輸入がストップしたらどうしようかと、ずっと先のことまで考える。しかし、日本人はそこまでを考えない。 だから、オイル・ショックの様な事が起こると、とたんに狼狽し、日本中がパニックにおちいる。 日本も先のことを考えて原子力の利用をしているのではないかという人もあろう。その原子力発電にしても、海外からの輸入技術で、日本人が独自に開発したものではない。 しかも、廃棄物の再処理問題も解決していないうちに、何処かの国で再処理技術も開発してくれるだろうから、そのときに処理技術を導入すればいい。 それまでは、どこかにためておけ。 これで、先の事を考えたつもりなのである。」

 上述の状態は25年を経過した今も余り変わっていない。 糸川英夫博士は1996年徳間書店から出版したその著書「日本でくらしたい日本人のために、これだけは言っておきたい - 21世紀への遺言」170頁以降に次の様な文章をも残している。 少し長いがここに引用する。

 「核開発をめぐる人間のおごり もう一つの話をします。世界中のマスコミの大反対の中で、フランス政府は、南太平洋のムルロワ環礁で核実験を強行しました。今後も、核兵器開発は止みそうもありません。 ここで、考えてみたいのは、第一に「核技術とは何であるか」ということと、第二に『民生技術はどうなのか」、第三に「核技術と我々の、経済状況、社会状況とのかかわり』です。 まず、第一の核技術とは、ウランやプルトニウムという極めて原子量の大きな原子やその同位元素に、中性子をぶち込むと、原子核が分裂します。 この時、同時に新しい中性子が飛び出して、次の原子核に玉突き現象で当たるのです。これが、連鎖反応でおきるのが、核分裂の原則です。 この時に、原子の一部は物質からエネルギーに変換し、考えられない程のすさまじい熱を発します。 この破壊力を利用したのが、核兵器であり、核分裂をコントロールしながら熱エネルギーを利用する原子力発電です。 ここで、厄介なのが、この核分裂後に残ったかけらが放射能を持つことです。この放射能は持続時間がきわめて長いのです。  ヒロシマとナガサキでは、戦後五十年をへても、残留放射能が遺伝子にどの様な影響があるかわかっていません。 何世代も後にどんな影響が出るかわかっていないのです。 さらに、原子力発電の第二の問題点としては、「放射性廃棄物」と呼ばれるゴミの始末にはっきりとした解決法がないことです。現在示されている解決法は、深海投棄にせよ地中投棄にせよ『そのうち何とかなるだろう』というもので、現在の繁栄と引き換えに子孫に災厄を押し付ける方法です。  
       ・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・・
 エネルギー問題の危機は確かに存在します。 しかし、それを核というテクノロジーで解決しようとしても、解決しません。 テクノロジーは問題を先送りすることは出来ても、究極的な問題の解決とはならないのです。 原子力をエネルギー不足の解決法だと信じている人々は、物事を根本的に考えていないといわざるを得ません。 人間はもっと「人間原理」から技術を扱わなければなりません。 エネルギー不足の問題は、人口とその一人当たりのエネルギー消費量から発生する問題です。この大きな二つの問題と、更にその背後にあるエントロピーの問題まで考えを巡らせれば、もはや核を軽々しく扱うことはできなくなります。 そして、簡単に核開発が止まらないのは、核で儲かる人がいて、雇用が確保される人がいるという経済の仕組みと結びついているということを理解しなくてはなりません。 ただ、反対を唱えるのではなく、経済問題としてポスト原子力産業を示さなくてはなりません。それは、他のページでも述べますが、エネルギーとしてはコジェネレーション発電であると私は考えます。 又、技術がいずれ世界中に広まることを考えると、人種間の紛争を解決する道を見つけなくてはなりません。つい、数十年前まで、国家は常に戦争するものでした。しかし、最近は戦争好きの国家は国際社会からも国民からも見放されるようになり、自然と戦争は起こりにくくなっています。 種族間の紛争でも早く、それの起こりにくい装置やシステムを作っていかなければなりません。」

 糸川博士は1999年2月に逝去された。あちらの世界から、今の日本の状況をどうご覧になっているだろうか。

6/1/12

2012年6月1日金曜日

書棚を整理中に。。。


日常の家事の内で本棚の整理は、ひときわ時間が掛る作業だ。 昔読んだ本に懐かしさを感じつい手にとって読み始めてしまう事は誰もが経験することだろう。 今もついその表紙を開いてしまった本がある。 1987年に講談社から発行された糸川英夫博士著「日本が危ない」、その128頁に次の様な文章がある。

「イスラエルはまったく違う。砂漠で農業が出来ないから、農産物を輸入すればいいというのではなく、砂漠でも何とか農業ができないものかと、一所懸命に考えて、独自の方法を開発した。それも、砂漠という農業にとっては致命的な悪条件を、逆に利用したすばらしいアイディアである。
 ユダヤ人は常に周辺民族との苦しい戦いを強いられ、流浪の旅でも迫害され続けてきた。だから、例え農産物を何処かの国から輸入しても、その国との関係が悪くなって輸入がストップしたら同しようかと、ずっと先のことまで考える。しかし、日本人はそこまでを考えない。 だから、オイル・ショックの様な事が起こると、とたんに狼狽し、日本中がパニックにおちいる。
 日本も先のことを考えて原子力の利用をしているのではないかという人もあろう。その原子力発電にしても、海外からの輸入技術で、日本人が独自に開発したものではない。 しかも、廃棄物の再処理問題も解決していないうちに、何処かの国で再処理技術も開発してくれるだろうから、そのときに処理技術を導入すればいい。 それまでは、どこかにためておけ。
 これで、先の事を考えたつもりなのである。」

 上述の状態は25年を経過した今も余り変わっていない。 糸川英夫博士は1996年徳間書店から出版したその著書「日本でくらしたい日本人のために、これだけは言っておきたい - 21世紀への遺言」170頁以降に次の様な文章をも残している。 少し長いがここに引用する。

 「核開発をめぐる人間のおごり
 もう一つの話をします。世界中のマスコミの大反対の中で、フランス政府は、南太平洋のムルロワ環礁で核実験を強行しました。今後も、核兵器開発は止みそうもありません。
 ここで、考えてみたいのは、第一に「核技術とは何であるか」ということと、第二に『民生技術はどうなのか」、第三に「核技術と我々の、経済状況、社会状況とのかかわり』です。
 まず、第一の核技術とは、ウランやプルトニウムという極めて原子量の大きな原子やその同位元素に、中性子をぶち込むと、原子核が分裂します。 この時、同時に新しい中性子が飛び出して、次の原子核に玉突き現象で当たるのです。これが、連鎖反応でおきるのが、核分裂の原則です。
 この時に、原子の一部は物質からエネルギーに変換し、考えられない程のすさまじい熱を発します。
 この破壊力を利用したのが、核兵器であり、核分裂をコントロールしながら熱エネルギーを利用する原子力発電です。
 ここで、厄介なのが、この核分裂後に残ったかけらが放射能を持つことです。この放射能は持続時間がきわめて長いのです。
  ヒロシマとナガサキでは、戦後五十年をへても、残留放射能が遺伝子にどの様な影響があるかわかっていません。 何世代も後にどんな影響が出るかわかっていないのです。
 さらに、原子力発電の第二の問題点としては、「放射性廃棄物」と呼ばれるゴミの始末にはっきりとした解決法がないことです。現在示されている解決法は、深海投棄にせよ地中投棄にせよ「そのうち何とかなるだろう」というもので、現在の繁栄と引き換えに子孫に災厄を押し付ける方法です。  

       ・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・・

 エネルギー問題の危機は確かに存在します。 しかし、それを核というテクノロジーで解決しようとしても、解決しません。 テクノロジーは問題を先送りすることは出来ても、究極的な問題の解決とはならないのです。
 原子力をエネルギー不足の解決法だと信じている人々は、物事を根本的に考えていないといわざるを得ません。
 人間はもっと「人間原理」から技術を扱わなければなりません。
 エネルギー不足の問題は、人口とその一人当たりのエネルギー消費量から発生する問題です。この大きな二つの問題と、更にその背後にあるエントロピーの問題まで考えを巡らせれば、もはや核を軽々しく扱うことはできなくなります。
 そして、簡単に核開発が止まらないのは、核で儲かる人がいて、雇用が確保される人がいるという経済の仕組みと結びついているということを理解しなくてはなりません。
 ただ、反対を唱えるのではなく、経済問題としてポスト原子力産業を示さなくてはなりません。それは、他のページでも述べますが、エネルギーとしてはコジェネレーション発電であると私は考えます。
 又、技術がいずれ世界中に広まることを考えると、人種間の紛争を解決する道を見つけなくてはなりません。つい、数十年前まで、国家は常に戦争するものでした。しかし、最近は戦争好きの国家は国際社会からも国民からも見放されるようになり、自然と戦争は起こりにくくなっています。
 種族間の紛争でも早く、それの起こりにくい装置やシステムを作っていかなければなりません。」

 糸川博士は1999年2月に逝去された。あちらの世界から、今の日本の状況をどうご覧になっているだろうか。

6/1/12

2012年5月30日水曜日

奉仕活動の一つの仕組み

 わが国では最近あまり話題に上らなくなったベンチャーキャピタル(VC)、国外に目を向けるとVCの活動は以前にもまして活発化しているように見える。 我国にVCが根付かないのは何故か。 VCの助けなど無くとも斬新なアイディアを発展、事業化する仕組みが有るという事か。 この点については日を改めて書きとめてみたい。 
 ところで最近イスラエルのVCのリストをスキャンしていた所、"Tmura"という公共サービス基金の存在を知った。 この組織はNPOであるが、イスラエルのVCが支援者となり、彼らが出資する若い企業から株式等の僅かな分を寄付してもらい、それらの若い企業が成功、例えば株式上場などが実現した暁には、寄付された株式売却をもって得た収益を、教育分野や若者の活動資金として寄付をする活動をしているとのことだ。 この場合、最初に株等を寄付する企業は、Tmuraに対し使い道を指定できるとそうだ。
 我国では余りVCは活発ではないが、金融機関は沢山ある。 少し頭を柔らかくして小さい所から仕組みを変えて行く努力をしてみたらどうだろう。

5/30/12

2012年3月26日月曜日

ささやかな出来ごとの背景にあるもの

    昨年724日東北被災地の中・高生30名と引率者3名がポーランドへ2週間の旅に発った(在日ポーランド大使館ホームページhttp://www.tokio.polemb.net/「絆の架け橋」,505.html)。


 先日、ある人の話を聞き、この出来事の背景に「絆のかけ橋プロジェクト」があり、そのプロジェクトの発端は、「1920年に遡り当時シベリアに取り残されて生存の危機にさらされていたポーランドの孤児765人をポーランドからの要請を受けた日本が救出したという史実」にあることを知った。


 更に、日本は要請を受けてから僅か2週間でその孤児達の第一陣を受け入れ、慈愛に満ちた献身的な支援をした。 その事をポーランドの人達は、今も忘れていないそうだ。 当時の大手新聞は写真入りで大きく取り上げているが、余り古い出来ごとで、我々もメディアも、忘れてしまっていた。 私自身恥ずかしながら、寡聞にしてこの史実はもとより、昨年夏の出来事も知らなかった。


 去る38日盛岡で「ポーランド大使を囲む夕べ」が催された。 昨年夏、ポーランドを訪れた30名の中に岩手県の学生も招かれていた事に対するお礼の催しとのこと。 ささやかな出来事故か、我国大手メディアはこれを報道していない。 日本人の心意気と忘れていた史実を、このささやかな出来事を通じて日本人に思い起こさせる良い機会であったで筈である。

3/26/12

2012年3月24日土曜日

企業間水平分業・協業へ向けて

下記は、21世紀の日本が取るべき道の一つではないかと思っています。 未だ漠としたアイディアの段階ですが実現へ向けた試行実験をするところまで、もって行きたいものです。

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最近まで我国技術・製造にかかわる企業はその大半である中小企業も大企業に寄り添う事で比較的安泰な時代が続いておりました。 それは主に、大企業が率いる系列、或いはエンジニアリング会社或いは技術系商社等によるコンソーシアムの内側に居ることが出来たからです。 今、様々な要因によりこの古典的セーフティネット構造が崩壊しつつあり、中小企業自身が創造性を発揮して行かねばなりません。

我国には、優秀な技術や製品を有する多くの技術系中小企業が存在しますが、個々の企業の活動だけでは自ずと限界があります。大企業系列における垂直関係から離れて創造的に活動して行く為には、中小企業同士の水平協業或いは斜協業が必要です。

然しながら一口に協業と言っても、企業努力だけでは難しい面があり、そこには協業を促進するコーディネータ役、それも技術に極めて強く創造力があり、システム開発構想力、エンジニアリング力、さらに加えて、マーケッティング・販売、知財管理(主として対国外)、サプライチェーン管理、財務、国際事業等にも精通している強力な専門家集団であるべきでしょう。 そのバックボーンには、「和」、「共生」の様な日本人の心がなければなりません。 最初は無理でも、その位強力な専門家集団が育つ必要があります。

この様な高度な総合力を有する強力な専門家集団こそが、我国の優秀な技術を支えている中小企業の能力を最大限に生かした創造的協業を生み出し、21世紀の日本を支え世界に範を示してゆくものではないでしょうか。 ここで敢えて注書きを入れるとすれば、この専門家集団が新たなピラミッドの頂点に立つ様な意識を持たぬような倫理・哲学的な規律が今後の社会システムの中に組み込まれている必要があることです。
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3/24/12

2012年3月3日土曜日

ロボット王国日本は・・・

小さくて飛び回るロボット、それら多くの超小型飛行ロボットが正に蟻の如く整然と空中で仕事をする様には驚きです。 "Hokuyo Laser Scanner"、日本製の部品も使われているらしいことが救いです。 製造機械としてのロボット、介護用のロボット、人型ロボット等にはその強みを発揮している我国ですが、3.11の時には米国から持ち込まれたロボットの活躍が報じられていました。 このビデオにある超小型飛行ロボットの開発の着想も我が国とは少々異なりますが、災害時の実用性などには優れた役割を果たしそうな感じがします。




3/3/12

日本人は程良いか・・

創造的で指導力を発揮する人は独りで熟考する。 創造力と生産性を高めるにはグループで協働が大切というがこれもまた真なりと。 このスピーチは、グループ協働を暫し止めて、独りで未開地(日本的には山か洞窟?)にこもり、暫し自分を見つめみる事を勧めると結んでいる。 そして話す時はソフトに静かにと。




3/3/12