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道を切り拓くということ

日経ビジネス2010年2月22日号116ページの「有訓無訓」に東京大学教授・歴史家加藤陽子氏の文章が掲載されているので引用したい。

「歴史はそのままの形では決して繰り返しません。 でも、変革の原動力として共通するものはある。 それを探し出すのが、歴史を学ぶ本当の面白さなのですね。 ここでちょっと、今の私たちを振り返ってみるのも面白いでしょう。『政府に貸したお金は返ってくる』と信じているか、否か。 あなたの判断は如何ですか。 答えによっては『捨てる』を、固めた方がいいのかもしれません。」

『政府に貸したお金』にも様々なものが有ると思うがここでは詳述しない。 この文章で私が強く感ずることは、『返ってくると信ずるか否か』このあたりが不透明になっている現代日本、不安感を抱く人あり『返ってこないと」さっさと諦めて新たな挑戦を試みる人ありだが、後者よりも前者が圧倒的に多いように思う。

一部の産業では縦割り構造が破壊され新たな挑戦を余儀なくされるケースが増えつつあるようだが、長い間に積み重ねられたしがらみと複雑なサイロ型構造はまだまだ多く身の回りに多く存在しこれらに横串を通してサイロの壁を取り払うことが出来ないものだろうか。 

昨日のNHK番組で元NPO法人代表で1月末までの100日ほどを、鳩山総理から直接任命を受けて内閣府参与として奔走した湯浅誠氏の活動を追った映像が放映されていた。 昨年12月25日から今年1月4日(その後2週間延長)までの間に、生活困窮者に対する就業支援・生活保護支援・短期住宅確保支援等をワンストップでサポートする行政窓口を設定することに奔走した様子をレポートした映像である。 省庁レベルの縦割り構造、国・地方自治体間の役割分担等多くの組織や規則。規制等による障害を乗り越え、時には妥協し、成果を出した。 湯浅氏の努力は素晴らしかったが、見ていて孤軍奮闘の感あり、独りで官僚機構というサイロ型巨大機構を動かさなければならない実態。 仕事にひと段落付けた今、湯浅氏は首相と副首相に辞意を表明し撤回していないらしい。 

平凡かもしれないが、新しい産業、雇用の創造言うに易く行うに難し。 萎縮している気持ちを解き放つ、サイロ型構造を変える、信ずることが出来なくなったモノは捨て去る。。。過激だが必要なことかもしれない。

3/1/10

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