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気候変動・・・来年はもっと暑くなる?

今年の夏も暑かった・・・  「今年の通年平均気温は過去最高」という台詞・・・ここ数年毎年のように言われるようになりました。今年も連日猛烈に暑い日が続き、9月に入っても未だ続いています。このままでは、2015年のCOP21パリ協定で示された「世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2℃より十 分低く保ち、1.5℃に抑える努力をするという目標」温度を超えてしまうのは目前のように思います。 気候変動対策を現状のペースで進めると・・・  今週火曜日(2024年9月10日)NHKのテレビ番組「クローズアップ現代」を見ていたところ、気候変動に対する対応が現状のペースで推移した場合、暑さの影響で亡くなる人の増加率が、今世紀半ばには千葉、神奈川や中部地方や四国、九州北部などで3倍となり、それ以外のほとんどの地域でも2倍、鹿児島では4倍となり、更に今世紀末には、上述とほぼ同じ地域で夫々4倍、5倍、鹿児島では10倍となるという予測データ(詳しくは 此方 )が示されていました。気候変動による温暖化や熱波により死亡する人の増加率上昇リスクの予測データを目の前にして、これまで個人や個々の企業などの個別努力にゆだねられていた温暖化適応策・緩和策も、その取り組み方を変えて行政・民間・市町村民全体を巻き込んだ新たな仕組みを早急に構築し速度を上げて取り組んでいかなばならないと痛感します。 何をすればよいのだろう・・・   海外の事例では・・・  暑さをしのぐ対策としては、住居の断熱性向上、日陰づくりやミストシャワー設備、庭や垣根の緑化、個々人のベースでは日傘や帽子、風通しの良い衣料品、冷却ファン付き作業着、冷氷水携帯などの温暖化適応策、そして、東京都が推進している新築家屋の太陽光電池パネルを屋根に据え付けることの義務化で温暖化ガス排出を抑えるという温暖化緩和策などがありますが、もっとペースを上げて、システマティックに対応する必要があることが自ずと分かってきます。その手法の具体例として、先のNHKの番組で取り上げていた海外事例ですが、3年前に米国南部フロリダ州のある自治体でCHO(Chief Heat Officer 熱波対策最高責任者)という役割が設けられたそうです。そのCHOは、気候変動対策の戦略を策定した上で行政とNPOなどの民間を巻き込み具体的な対策を講じていくことが期待されているそうです。...

生産性と品質

  国富の程度をGDPだけで表すことが果たして妥当かどうかという議論を脇において、2000年以降2023年までの世界の 一人当たりGDPの推移 を眺めてみると経済面における我が国の凋落ぶりが実によくわかります。2000年から2022年の間に多少の凸凹はありますが日本の一人当たりGDPの値の世界における順位は下がり続けており、昨年(2023年)末に内閣府が発表した2022年の一人当たりの名目国内総生産(GDP)はドル換算で3万4千ドル強でOECD加盟国中21位、G7(先進7カ国)で最下位となっています。それもそのはず、一例を挙げれば、日本の一人当たりGDPは過去20年余りの間ほぼ横ばいですが、米国はこの間ほぼ2倍になっています。どうしてこうなるのか、世界をリードするような新しい技術や製品を出せない、社会全体のディジタル化が進まない、少子高齢化に伴う労働人口の減少、これらによる一つの結果でもある為替レートが大きく円安に動きつつあるなど様々な原因が挙げられていることは本ブログをお読みいただいている方々ご承知の通りです。  一人当たりGDPを増やすにはどうすればよいか、活発な議論はありますが実効策がなかなか見つからない中で、各企業の生産効率を上げるべしと声高な論があり、そのためには先ず「給与を挙げよ」との声が強まり、我が国首相自らが経済団体に対して給与を上げる努力をするように強く要請してきました。その成果が表れたのか、今春(2024年)の大企業に於ける昇給率は数十年ぶりに大きく上がりました。中小企業に於ける昇給率はまだまだこれからというところのようですが。。。  では給与を上げさえすれば生産性は上がるのかという点が、本ブログのポイントです。給与が上がれば確かに個々人の消費、経済活動が活発になり一人当たりのGDPも増える可能性が高く、生産性を上げる有効な要素の一つではあると思います。 しかし、ここで、生産性が上がるということは、生産品質をきちんと維持できているということを前提としなければなりません。具体例を挙げれば、製品やシステム品質、それらの据え付け工事サービス品質などを疎かにすることで、製品の無償交換や工事サービスの無償提供が発生することとなりこれらは生産性に対しては負の効果をもたらすはずです。 かつて日本製のものは故障が少なく高品質である点が非常に高く評価される...

我が国メディアに期待すること 

  昨日は安倍元首相の「国葬儀」が行われました。テレビも新聞も殆どのメディアはその「国葬儀」の様子を伝えながら、国論を二分した「国葬儀」の意味をどこに求めるのか控えめに報じていましが、核心に迫る報道は殆どなかったように思います。実は、筆者はテレビや新聞をさほど見たり読んだりしていたわけではありませんので、認識が誤っているのかもしれませんし、もしそうであれば結構なことなのですが。  核心とは、つまり保守本流を標榜している自由民主党総裁として安倍元首相が何を成したのかということです。では「保守」とは何か、東京工業大学教授の中島岳志氏は次のように述べておられます。「保守とは、イギリスの政治家エドマンド・パークのフランス革命批判を嚆矢とする思想で、設計的に社会を改造しようとする進歩主義への懐疑を共有する。保守思想家たちは、理性に対する過信を諫め、急進的な改革主義に待ったをかけてきた。革新は歴史の風雪に耐えて残ってきた良識や経験値に基づいて斬新的に進めるべきであり、『その国独自の歴史的伝統や慣習の保持、人々の生活に根付いた文化や宗教的意識の継続性』を大切にしなければならないと説いてきた。」(東京新聞2022年9月27日夕刊)  安倍元首相は、実に多くのことを仕掛けてこられましたが、その結末がどうであったか、筆者には、保守政治家を標榜なさりつつもこれまでにないほど米国との距離を縮め米国の従者のごとき国家像を追求されていたように見えます。  更には、今年7月8日に安倍元首相が凶弾に倒れてから急に表面化した韓国旧統一教会と日本の政治家とのかかわり合いがあります。自由民主党国会議員の半数近くが濃淡の違いはあるにせよなにがしかの形で旧統一教会とのかかわりを持ったとされています。これにより、旧統一教会による日本政治への関与が懸念され、此処にも自由民主党の本来的な意味における「保守性」が維持されていたのかどうかという疑念が湧いてきます。又、その教祖の発言を記録したといわれる分厚い書物には「日本人は韓国に貢ぐべし」といった主旨の記述もあるといわれています。日本人が”寄付金”として貢いだ額は莫大な額に上り、メディアでは専ら過去の寄付金を募る方法が霊感商法にあったとする点に集中しています。 無論、霊感商法の”被害者”の方々は本当のお気の毒なことだったと思いますが、我が国メディアには同協会...

シリコンバレー詣での他には?

  「米シリコンバレーに今後 5 年で起業家 1000 人規模派遣へ 経産省」の文字が幾つかの大手ネットメディアで踊ります。例えば、 7月28日付日本経済新聞電子版 には 、「訪米中の萩生田光一経済産業相は 27 日(日本時間 28 日)、米シリコンバレーでグーグル本社などを視察し、『えりすぐりの挑戦者をシリコンバレーに派遣するプロジェクトを抜本的に拡充する。』と表明した。現在の年 20 人規模から 10 倍にし、 5 年で計 1000 人をめざす。」とありました。 この萩生田大臣(当時)の発言は、 2015 年4月30日 - 5月1日にシリコンバレーを訪れた安倍首相(当時)が同地で述べた 「シリコンバレーと日本の架け橋プロジェクト 」 を更に前進させるものなのでしょう。 シリコンバレーに日本の起業家や中小企業人を送り込むという話はそれなりに衝撃的な内容であるためその都度比較的大きな話題になります。  しかしどうでしょうか。我が国では随分前からシリコンバレーへ人を送ってきており(主に大企業からの派遣だと思いますが)、すでに同地のカルチャーや企業手法とそのスピード感を知る人材は我が国にも多く存在していると思います。政府主導の国家プロジェクトとして1000人規模で人をシリコンバレーへ送ることに反対するつもりはありませんが、ぼつぼつ工夫が必要なのではないかと思います。例えば、派遣するならシリコンバレーだけではなく、イスラエルやフィンランドなどのベンチャー企業を多く生み出す国々を知る人材を増やすことも重要でしょう。又、単なる派遣だけではなく、日本で起業家が育つ環境づくりや支援方法を構築する必要も あるでしょう。併せて、最近減少傾向にある海外留学生を増やすことも早急に手を打つべきだと思います。   シリコンバレーというとすぐベンチャー企業、起業家という話になりがちですが、我が国の在来中小企業の中には欧米をしのぐ実力で高品質のものを素早く製造する企業も多くあります。しかし最近は、急激な原材料価格の高騰、資金繰り問題、後継者問題など様々な理由で事業撤退あるいは海外企業へ事業を売却するなどのケースが散見され誠に残念に思います。これらの企業を支援しつつ彼らが築き上げた優れた技術を更に磨き上げ永続できるような支援もあってよいのではないかと思います。例えば、下請的地位からの脱却を...

コストを消費者に転嫁する動きジワリ - 金融業もか!?

   長引くコロナ禍も今年2022年1月をもって3年目を迎えた。この間、コロナ禍の拡大を抑えるために厳しい行動制限がなされて経済活動が停滞し、感染者数が急減すると行動抑制が解かれて経済活動が活発になるということが繰り返され、最近ではコロナ禍と経済活動は共存することが当然であるという議論が増えてきた。現在、日本ではオミクロン株と称するコロナウィルスによる感染が急増、六度目の山を迎えつつあるが、感染力は強くとも感染者の重篤化は従来株に比べて少ないとか。   ところで、前回第五波の頃から我が国でも「With Corona」という言葉で象徴されるように、コロナ禍の中でも可能な限り経済活動が出来るようにしようという発言が目立つようになってきた。そのこと自体にあまり異論はない。問題は、欧米が先駆けて経済活動を再開する方向へ大きくかじ取りを始めたことにより、資材や商品を運搬するコンテナが不足、建築資材の値上がり、石油価格の上昇、小麦粉をはじめとする食料の原料価格の上昇と(小麦の値上がりは原因はコンテナ不足だけではなさそうだが)等多くのものが値上がり傾向になり、米国ではインフレ懸念からFRBが金融引き締め方向に動くとの報道もされるようになってきた。   我が国においてもその影響は大きく、いろいろなものがジリジリと値上がりし始めている。製造メーカとしては、原材料価格の上昇を吸収しきれなくなれば値上げせざるを得ないだろうということは理解できる範囲の話だ。 しかし次の記事を見て驚いた。 2022年1月15日付東京新聞朝刊     この記事を読んでいて何とも言えない違和感を覚えたのは筆者だけだろうか。通貨を取り扱うことを生業とする金融機関がその通貨を数えることにかかるコストを顧客側に転嫁するという話である。この記事によれば「法律によって一度に使える硬貨は一種類につき二十枚までと決められている」とある。通常の市中における商品の売買においては已むをえないことだと思うが、金融機関には硬貨を数える機械もあるだろうしその機械の保守費用も金融業を営むコストのはずだ。この記事を読むと機械の故障修理、機械の買い替えなどのコストがばかにならないということのようだが、なぜ今このようなことを持ち出すのだろうかと不思議に思う。機械の故障率が急に上がったのか、否、機械の価格が急騰したのか。 よく分からないこ...

幸福感

 昨日、昔からの仲間3人で瀬戸内海をクルージングしている友人の1人から連絡があった。梅雨前線の影響でクルージングを見合わせて最寄りの港で帆を休ませつつ、地場の料理を堪能しているとの事だった。3人の中には、最近料理の腕を上げた友人もいる。きっと地場の食材を使いながら腕をふるったに違いない…と想像している。50年来のヨット仲間とともに、 瀬戸内海の海を眺めながら、 若かりし頃に思いを馳せ、 ランタンに照らされたテーブルを囲み 美味しい料理に舌鼓を打ち、話に興じ、ゆったりとした時間を過ごす。デンマーク語でこれを「Hygge(ヒュッゲ)」というそうだ。一言で表せる日本語訳はなさそうだが、場所や金額や品質などの物的価値に無関係に使われる、心地よさ、幸福感を表現するような言葉らしい。デンマーク人は何かをするとき、例えばコーヒーショップの選択、家族と過ごす時間の使い方、友人と過ごす時間や場所の選択など、日常の多くの場面で「Hygge」という言葉を使うそうだ。 いかにも世界幸福度ランキングで常に上位1~3位にいるデンマークというお国柄なのだろう。  その世界幸福度ランキングとは、国連の持続可能開発ソリューションネットワークが毎年公表する報告書に記載されるもので 2018年版 は世界156か国を対象としている。2018年版における世界第1位はフィンランド、第2位ノルウェー、そしてデンマークは第3位と北欧勢が上位を占める。日本は、54位と昨年2017年版に比べて3ポイント順位を下げた。この幸福度は、夫々の国民が感じる幸福感を含む様々なパラメーターを使い算出するそうであるが、その算出法について各国が納得しているのかどうかは分からない。また幸福度は個々の人間によりみな異なるに相違ない。従い、この「幸福度ランキングに一喜一憂する必要はないだろう」という声もありそうだ。しかし、全156ヵ国中54位とはOECDの中核国を自認する日本としてどうなのだろう。  1960年代から1980年代半辺りまでの日本は、世界を牽引するほどの勢いと高揚感に包まれていた。 だが今、当時を振り返ってみると、我々の日常生活はあまりにも気ぜわしく、息つく暇もなく働くことを優先していたように思う。そう、「Hygge」を蔑ろにしていた。1990年代に入り、若干の反省、そして何よりも経済活動の鈍化から、スローライフが言われ...

書棚の整理中に・・・

 日常の家事で本棚の整理は、ひときわ時間が掛る作業だ。もう二度と読むことは無いだろうと思われる書籍を背表紙の文字で判断して段ボールに詰めて古本屋さんへ或いは資源ごみとして古紙回収業者にだす。しかしながら、昔懐かしい背表紙の文字を見るとつい手にとって読み始めてしまう事は誰もが経験することだろう。今もついその表紙を開いてしまった本がある。 1987 年に講談社から発行された糸川英夫博士著「日本が危ない」、その 128 頁に次の様な文章がある。 「イスラエルはまったく違う。砂漠で農業が出来ないから、農産物を輸入すればいいというのではなく、砂漠でも何とか農業ができないものかと、一所懸命に考えて、独自の方法を開発した。それも、砂漠という農業にとっては致命的な悪条件を、逆に利用したすばらしいアイディアである。  ユダヤ人は常に周辺民族との苦しい戦いを強いられ、流浪の旅でも迫害され続けてきた。だから、例え農産物を何処かの国から輸入しても、その国との関係が悪くなって輸入がストップしたらどうしようかと、ずっと先のことまで考える。しかし、日本人はそこまでを考えない。 だから、オイル・ショックの様な事が起こると、とたんに狼狽し、日本中がパニックにおちいる。  日本も先のことを考えて原子力の利用をしているのではないかという人もあろう。その原子力発電にしても、海外からの輸入技術で、日本人が独自に開発したものではない。 しかも、廃棄物の再処理問題も解決していないうちに、何処かの国で再処理技術も開発してくれるだろうから、そのときに処理技術を導入すればいい。 それまでは、どこかにためておけ。  これで、先の事を考えたつもりなのである。」  上述の状況は30年余を経過した今も余り変わっていない。 糸川英夫博士は 1996 年徳間書店から出版したその著書「日本でくらしたい日本人のために、これだけは言っておきたい  -   21 世紀への遺言」170頁以降に次の様な文章をも残している。 少し長いがここに引用する。   「核開発をめぐる人間のおごり  もう一つの話をします。世界中のマスコミの大反対の中で、フランス政府は、南太平洋のムルロワ環礁で核実験を強行しました。今後も、核兵器開発は止みそうもありません。   ここで、考えてみたいのは、第一に『核技術...

世界を相手に

   私は、長い間、スタートアップ企業を含む多くの欧米中小企業と関わりを持ってきた。彼らにいつも感心させられることは、常に世界を相手に仕事をしようとする姿勢である。   多くの日本企業も世界で活躍してはいるが、その大半は多国籍大企業である。海外で活躍する中小企業は少なく、情報発信量も極めて少ない。 そのことについては、このブログでも幾度か述べてきた。 今日の新聞を読んでいたら、「メトロポリス」という情報媒体を運営しているニール・バトラー氏が同じような趣旨のことを指摘していた。   東京新聞2017年11月5日13面  そこには言語の壁もあるが、世界に向けて自らを開く事に消極的、よく言えば無口で奥ゆかしい、或いは沈黙は金といった日本人の心持にもある。  バトラー氏のように我が国の国際化の遅れを指摘する外国人は多い。「国際化」は、長年の課題でありつづけている。ゆでガエルにならないことを祈るばかりである。

日本のものづくり力の行方?

 昨日配達された「週刊朝日 2017 年 9 月 29 日」に「自動車の世界市場で日本勢包囲網 -  ” 一強 ” トヨタも絶体絶命」というかなり刺激的な記事が掲載された。少し乱暴かもしれないが、我が国の大企業は、既存の系列企業との関係や莫大な開発費をかけて従来から培ってきた既存技術へのこだわりなど様々なしがらみから抜け出せずもがいているうちに、ドイツをはじめ海外自動車産業界は EV 化へ向けて着々と手を打っているぞ、という、日本の自動車産業に対して強く警鐘を鳴らす内容である。  その中で、注目を引いたのは、「『我々が直接クルマを作る必要があるのか』。 VW 社内では今、こうした議論が盛んという。 あまり知られていないが、実は VW が自らクルマを作らなくても、立派に生産できる仕組みをドイツの自動車産業は持っている。 量産以外の開発から試作までを請け負うエンジニアリングサービス会社が台頭しているからだ。ドイツの FEV 社や隣国オーストリアの AVL 社などで、その開発能力は VW にも負けない。 実際、ホンダが新型シビックのエンジンを AVL に開発委託したほどだ。」という。 そして、ドイツのバーチャル設計力とシミュレーション技術力に対し、日本はそれらを軽視してきたことが、自動車王国日本が EV 化への対応に大きく遅れた原因ではないかと(筆者理解要約)。 ドイツのみならず、フランスとイギリスがガソリン車の販売禁止策を打ち出し、中国も EV への移行を決めて、米国もテスラモーターズに代表されるような EV 化への流れがほぼ確実である。   なぜこうなるのか、なぜ日本の EV 化への動きがこうも鈍いのか。 ドイツは、 2006 年に「ハイテク戦略 2020 」を定め、そのアクションプランとして 2011 年に「インダストリー 4.0 」政策を発表し、爾来、 IoT や AI 技術、ソフト開発技術などの先端技術を用いてドイツの産業構造そのものを大きく変える努力をしてきた。 日本は、 2011 年 3 月 11 日の大震災と福島第一原発事故という大変不幸な事態に直面したことが、先進技術による産業構造変革へ向けて大きく踏み出す力を削いだことは否めないとは思う。 だが、しかしその時こそ、日本の未来を見据えてこの国をどうするかを考え行動に移す貴重な機会の筈であったが、...

中小企業の情報発信

世間でよく言われるように、米国には、サンノゼ、サンフランシスコ、ダラス等を筆頭にいくつもの、科学・技術開発のエネルギーが充満・噴出している地域があります。欧州の小国フィンランドでさえも、ヘルシンキが技術の集積地となり、海外から続々と才能が集まるようになっています。 これら海外都市が先進技術の湧出地になっているのは、様々な要因があり、我が国のように年次予算ベースで動く官公庁主導のやり方に依存するだけでは時間もかかり、たとえ時間がかかっても世界の頭脳を呼び込み、融合して新たな技術を切り拓く力を醸成することは中々難しいのではないかと感じています・・・官公庁主導でも、無論何もしないよりはるかに良いですが。 自ら申し出てくる企業やその製品のマーケティング支援は、大切ですが中小企業レベルでも優れた技術を持つ我が国の潜在力をもっと世界に向けてアピールすることはできないものかと思います。「日本の製品、技術は優れている。必要なら探しに来い。」では、大半の中小企業の技術は、世界はおろか日本国内においてさえも限られた人、取引先企業だけにしか知られていないということになります。  半年ほど前(2016年2月17日)放映の NHK のローズアップ現代 で紹介されていた日本で3割の市場占有率を誇る、愛知県の白墨(学校で使用する黒板用チョーク製造メーカの社長さんが、ご自分が高齢となり後継者も見つけられず、他方、自社の価値も測ることが出来ず、先代を含めて80年以上続いた事業の廃業を決意、製造設備と製品のノウハウを韓国企業に売却したそうです。 その韓国企業は、中国市場を狙い事業拡大を確かなものにしているとのことで、日本人としては誠に残念なことです。 スタンフォード大学の数学の先生などは、その日本企業の白墨の品質(はっきりと滑らかにかけるが決して折れたりしない)を高く評価し、彼の授業の必須アイテムであり足りないことが怒らないように大量にまとめ買いをしているとのことです。   このチョークの例は、少々身近すぎる話で一話完結ですが、埋もれている技術も他者の目で見ると、自分では気づかない価値が見いだされることは頻繁に起こり得るわけです。 この価値を見えるようにするということは、先ずその情報が発信しなければなりません。 資金力もなく、自らがすぐれた技術を有するわけでもなく、馬...

ものづくり中小企業間の協業と共創

 1990年以降長い間、我が国には、世界を変えるような革新的な技術や製品が生まれる環境が整っていないと言われ、 「破壊的創造」や「イノベーション」の必要性も言い尽くされた感がある。 では、その言葉自体も古びてあまり使われなくなった今、果たして、日本は変わったのだろうか。否、IoTとかAIという新しい言葉が表れて来てその応用面における議論や新たなサービスに関する話題はにぎやかになってきた。  しかしながら、我が国は 相変わらず 新しい技術や製品・サービスをもって世界に大きな影響を与えるような状況に至っていないのは残念なことである。 なぜそうなのか、多くの論者がその理由を語り様々な提案をされているのでここでそれを復唱するつもりはない。  今から5年程前に、東日本大震災のあった年、筆者が属するチームの仲間たちと【 東日本大震災復興以降ー新しい社会の創生へ向けて 】というテーマで小論をまとめたことがある。その小論の中で筆者は「総合知の活用で活力ある社会を実現」と題して、情報通信技術(ICT)を活用した「智のプラットフォーム」を前提に、「ものづくり」、革新的な技術・製品・サービスの発掘、人の生活などの点描を試みた。  当時を振り返り検証するという名目で、今年、2016年5月より5回連載で月刊誌「BigLife21」が、その小論を掲載してくれた。同拙文の中で、ものづくり中小企業が連携し共創を試みることにより、中小企業ならではの短い期間で素晴らしい物を生み出すことが出来るのではないかと書いた。この考えは今でも変わらず、是非実現に向けて動き出してほしいと思う。 「BigLife21]2016年7月号に掲載された拙文を下記に添付しておく。また、同文が「BigLife21」のウェブサイトにもアップされている。URLは 此方。

製造業の存続

昨日(10月3日)付け東京新聞朝刊 7 面に掲載されたコラム記事(斉藤保伸氏記ーーー当該記事は本文下段を参照)、「シンセサイザー製造活気」というタイトルで、「 YMO やスティビー・ワンダー さんなど、世界の著名ミュージシャンが愛する米シンセサイザーメーカーの『モーグ』が経営難を抜け出し、活気を取り戻している。」とある。  同社( モーグミュージック社: Moog Music Inc . )では、従業員を大切にすることを心がけ、ベルトコンベアもなく手作りでシンセサイザーを組み立てている由。同社社長が米国国内生産にこだわる理由は、「生産する楽器に日々、改善を加えることができること」とし、「中国などの海外に工場を移しても人件費削減の影響は小さく、製品の改善がストップすることのほうがマイナスと判断し、国内に製造拠点を置いて経営改革に取り組む」という。同社は非上場企業だが、同社株式の 49 %を従業員に譲渡し、また、すべての経営情報を開示する経営会議を毎月開催、全従業員で共有、経営の透明性を高めて最近 12 年の平均売上高は対前年比 2 割増しで推移しているとのことだ。  世界市場において確立したブランドを持つ企業、モーグミュージック社のような経営スタイルがすべての企業に当てはまるわけではないだろうが、我が国製造業が学びなおす点は多い。あえて、「学びなおす」と記述したが、「従業員を大切にする」、「日々製品に改善を加える」、「従業員持ち株制度」などは、かつて日本企業の特徴を表す言葉であったように思うからだ。 米国のいくつかの州では、時間当たり最低賃金が数年以内に 15 ドル( 1 ドル 120 円換算で 1800 円 / 時)となる見通しで、2020年には全国規模で適用する動きが顕在化しているとのことだ。 対する我国は東京地域でも 900 円強とのこと。 それでもさらなる低賃金を求めてか、海外に製造をゆだねる企業も多い。結果として国内雇用を減らすのみならず、製造技術の流出・喪失にも繋がる。ここでは、企業の在り方を論ずるつもりはないが、日本の製造業の存続と発展の要件をじっくりと考えてみる必要がある。 2015年10月3日付け東京新聞朝刊7ページ

企業経営者自身の言葉で自社を語ろう

 インターネットの普及により殆どの企業は自社独自のホームページをもつようになり、自社が提供する製品やサービスの情報を掲載出来るようになった。 然しながらいずれのホームページも未だ自社カタログなど印刷物をホームページに転載した程度の内容が多くそのほとんどが文字を読ませる形態になっている。      インターネット上では様々な表現が可能である。 製品やサービスの効用をアニメーションで見せたり、動画を活用したり、多言語で表示したり、関連参考情報をリンクとして表示するなど等、印刷物では表現できない手法が可能だ。又企業のホームページには、経営者による「ご挨拶」が文章で記されているが、ご挨拶の雛型集に記述されている様な内容が多く、経営者の顔が見えない。     一般論で恐縮だが、仕事上で初対面の場合、名刺交換で始まり、先ずは名刺に記載される氏名と役職名を互いに確認して相手の顔とその表情を読み、挨拶を交わして本論に入る。 相手先から物を買う場合、買い手は、売り手、即ち、面談相手の人柄、考え方、経歴、実績等を可能な限りその場で読み取る努力をする。 売り手の経営者を前にしたときは、買い手側によるその努力は一層顕著であろう。     折角のホームページ、そこでは経営者が自身の言葉で自らを語り自社を紹介する事を心掛けることを推奨したい。 無論動画を用いて 3 分から最大 5 分以内に収める事が肝要である。 4/23/15

エレベーター・ピッチ

英語圏でよく使われる言葉に Elevator Pitch とか、 Elevator Speech という言い回しが有る。原義は、偶然重要人物とエレベーターに乗り合わせた折に、その人物がエレベーターから降りるまでの短い時間に、自分自身のプロフィールや自分の考えているアイディアを相手の脳裏に焼き付けて、次の展開に繋げる話し方のことを指す。 その重要人物と何時エレベーターで乗り合わせるか分からないので、常日頃から簡単明瞭に要点を直ぐ話が出来るようにしておく心構えが必要という訳だ。 インターネットの発達と共に、今や殆どの企業は自社のホームページを有するようになった。然しその内容は様々で、一目でその企業の業容や代表者の考え方が判るホームページは未だ少ない。 優れたホームページでは、代表者ご自身の言葉で、簡潔に書かれているが、文字情報である為、淡白なメッセージになりがちだ。 この点ビデオを使うと、代表者の表情や声色等から言葉以外の情報も共有されて、伝達力が格段に増大する。 試みに、先ず 3 社の代表者に対するインタビューの形で、自社の事業内容、ビジョン、目標などを簡潔に話してもらいビデオに纏めたものを、私が有するサイト ANSLists 上に ANSLists -  CxO Interview というセクションを設けてそこにこの 3 本の動画を埋め込んでみた。全体で約5分強と少し長いが、ご本人の話は5分未満に抑えてある。外国人でも理解してもらえるように、動画画面の下に英語のテキストを挿入した。案の定、好評だ。 英語圏のビジネスマンも、日本語の動画を見ながら、英語のテキスト部分を食い入るように読んでくれる。 企業が情報発信する際の一寸した工夫だが、企業経営者の方には、是非動画の力を活用して頂きたい。 及ばずながら、 CxO Interview を可能な限り継続し、企業情報発信の支援活動の一環としたいと考えている。 12/16/13

「美しい国、日本」

  「美しい国、日本」、人それぞれ多様な解釈があると思う。 私も含めて多くの人々は、その言葉の響きから、豊かな自然と文化に囲まれて、人々が暮らしやすく質の高い生活を営む国というイメージを脳裏に浮かべるではないか。     平成 25 年 10 月現在の日本はどうだろう。 東京都心では覇を競うように高層ビルが続々と建設されているが、 宅地には未だに電柱が立ち並び、上空にはクモの巣の様に電線が走る。 狭い道路を人や自転車が触れ合うほどの状態で行き交う。 ラッシュアワーの時間帯に踏切で 10 分待たされることなどは、 50 年一日の如しの感がある。社会保険の適用条件が徐々に厳しくなり国民に変化を強いている。 最近は特定機密保護法案と称する法律が成立する勢い、我が国はその昔にタイムスリップしつつあるのではないかとの危惧感も頭をよぎる。  オリンピック招致に成功し、「おもてなしの心」が強調されることが多くなってきた。 あえて「おもてなしの心」と言わなければならない時代に息苦しさを覚えるのは私だけだろうか。 教育問題もある。 地方法人課税も見直されて一部国税化されるそうだが、つい先ごろまで声高に謳われた地方分権の強化に逆行しているように思う。   1970 年代後半、米国の社会学者エズラ・ヴォーゲル氏著による「 Japan As Number One 」で浮かれたこともある 然し、その後の我々は、「失われた 20 年」そして未だに「停滞する 20 余年」でもたもたしている。この間の世界の変貌は凄まじく、 今や中国は世界第二位の経済大国。 電子機器産業も韓国、台湾が世界市場で活躍している。中国ハイアールの躍進も目覚ましい限りだ。 ならば、日本もかつての勢いを取り戻すべく従来の土俵で力をつけて挑戦するのだろうか。 企業活動を活性化することはとても大切なことだが、従来の様な大企業主導ではなく、今こそ、そこここで芽生え始めている草の根技術開発を育てて行く、中小企業の有する底力を引き出すことが重要だろう。 これにより我が国は、従来と異なる新たな企業活動分野を構築するべきだと思う。    様々なことが脳裏に浮かび取りとめない思いに駆られていたら、先日 10 月 18 日東京新聞夕刊にJT生命誌研究館館長中村桂子氏が「日本は先進国なのか・・・自分らしい生き方...

創造力と活力の源泉となる場を設ける・・・

イスラエルの人口は僅か780万人程度だがそこには、数多くのベンチャーキャピタル( VC )があり、優れたアイディアと技術を有する若い企業が世界に羽ばたいて行く。  その数ある VC の中でも最大手の一つ JVP Fund 、そのエルサレムに本拠を構える VC としての機能を包み込むように、 JVP Media Quarter がある。  JVP Media Quarter は、 JVP Fund の創業者 Erel Margalit 氏が、技術、創造性、社会活動の融合を実現し興奮に満ち活力に溢れる場を設けようと、 2002 年にその構想を描き、翌年からその実現へ向けて動き出した。  2006 年には英国統治時代に建てられたビルを改修し、エルサレムの旧鉄道駅周辺の活性化も実現する大がかりな作業に着手、 2008 年に現在の姿が完成した。 そこにはバウハウス様式の美しい姿のビルがあり JVP Fund, JVP Media Labs, JVP Community がある。  JVP Fund は文字通りベンチャー企業に対する資金的支援がその業務、 JVP Media Labs は生まれたての企業を育てて行くインキュベーションをその主たる業務とし、そのもとに集まる多くの若い企業が JVP Media Quarter 内に事務所を構える。 そして JVP Community は、何某かのハンディキャップを有する子供に対する教育上の支援、社会生活の為の予備的支援、それらの子供の親たちに対するアドバイス等広く考えられたプログラムの提供、若い音楽家、芸術家の表現の場所などが提供されている。 驚くべきことは、 JVP Media Community の実質的な活動が徴兵前の若者によるボランティア活動により支えられているという事だ。 この様に、若い企業が生まれる環境を作り、育て試験的支援を行う一方、ハンディキャップを有する、潜在的な社会的弱者を子供の時から支援して行くシステム、 JVP Media Quarter の資料を読んでいて、今こそ日本にもこの様な仕組みが必要ではないかと、つくづく思う。  おりしも、 7 月 15 日朝日新聞朝刊「ザ・コラム」に渥美好司氏(朝日新聞福島総局長)が専修大学広瀬教授の言葉として「希望のある社会とはどの様なものかを想像...

テレビ放送

    "Go Beyond Borders", "When we know it, you'll know it"... CNNの姿勢を示す様々なスローガンの中で、私が気に入っている言葉だ。 このテレビを見ていると世界中の出来ごとを素早く簡潔に報道してくれるだけではなく、アフリカ、アジア、中東など其々の地域固有の文化、社会問題など好奇心をそそるテーマを特番風にじっくりと見せてくれる。   先程、午後 6 時台の時間帯に日本を代表する公共テレビのチャネルを覗いてみた。地上波総合テレビチャネルは、お笑いバラエティー、教育チャネルは子供向けアニメ番組、衛星放送第一チャネルは巨人対阪神の野球中継、衛星 2 チャンネルは休止、衛星 3 チャネルは「未解決事件 File. 2 オウム真理教」と称する特別番組、衛星第4チャネルも休止、今世界で何が起きているか全くお構いなしの体だ。   無論これは私の好みの問題だと思うが、多くのチャネルを有する公共放送、一チャネル位は時々刻々と変化する世界の「今」を見つめて報道し続ける姿勢を示してほしい。 CNNに衝撃を受けて 30 年、我国テレビ放送には未だに変化の兆しは無い。

世界のニュースが身近になる日は来るのだろうか

1981 年末ごろだったと思うが、シカゴのホテルのテレビでCNNを初めてみた時の衝撃は今でも忘れることが出来ない。 その時の感動は、我国のテレビ、ラジオ、新聞等我国の所謂大手メディアに対する期待にも繋がった。 しかしその期待は見事に外れて、 30 年以上たった今も、CNNの様な日本のメディアは無い。 世界中に情報収集網を広げることは日本人には不得手である。 しかし、世界各地の情報を収集して配信する欧米の大手通信社からの情報をリアルタイムで流すことは出来るだろうに、費用の問題か、メンツの問題か或いは自らの存在価値が無くなると思うからか、視聴率を取れないからなのか、理由は分らないが、それらの通信社から最新情報を入手して国際的な出来事を出来る限り速やかに報道しようとする我国メディアはない。 本日のCNNは、午後 8 時過ぎから大凡 1 時間かけて、コマーシャルを一切入れることなく、スーチー女史のノーベル賞受賞演説の模様をライブで放送していた。 しかもロイターがライブで配信している映像を使っての放送だ。 実際にノーベル賞が授与されたのは 1991 年、軟禁状態にあった女史にはスピーチなどできようはずもなく、釈放された今ようやくノルウェーを訪れることが出来た。 21 年後の今日聴くスピーチ、とても素晴らしい内容だと思う。 途中、東京のTV局はどうかと、地上波、BS、CS各局のチャネルを覗いて見たがスーチー女史のスピーチの模様を放送している番組は皆無であった。 CNNの方はノルウェーからの映像とスピーチをライブで流し続けつつ、画面下部で文字放送を流している。 サウジアラビアの皇太子逝去のニュースも午後 9 時前に流れていた。 世界のニュースが少ない。 ガラパゴス・・・我国の携帯電話端末はとても優れていても世界標準になりえず国内だけで使われていることを指してこう揶揄するが、我国国民は相変わらず世界の情報から隔離されているように思う。因みにロイターのニュースサイト(日本語!)では、 世界地図 を表示して世界の重要情報発生源を示し ている。 我国のメディアが常に世界地図を念頭に報道するようになるのは果たして何時の事か。 私がCNNに衝撃を受けてから今日までの 30 年、未だこの様なブログを書いている始末である。 6/16/12

書棚の整理中に・・・

  日常の雑事の中でで本棚の整理は、ひときわ時間が掛るが楽しい作業でもある。 昔読んだ本に懐かしさを感じつい手にとって読み始めてしまう事は誰もが経験することだろう。 今もついその表紙を開いてしまった本がある。  1987 年に講談社から発行された糸川英夫博士著「日本が危ない」、その 128 頁に次の様な文章がある。 「イスラエルはまったく違う。砂漠で農業が出来ないから、農産物を輸入すればいいというのではなく、砂漠でも何とか農業ができないものかと、一所懸命に考えて、独自の方法を開発した。それも、砂漠という農業にとっては致命的な悪条件を、逆に利用したすばらしいアイディアである。  ユダヤ人は常に周辺民族との苦しい戦いを強いられ、流浪の旅でも迫害され続けてきた。だから、例え農産物を何処かの国から輸入しても、その国との関係が悪くなって輸入がストップしたらどうしようかと、ずっと先のことまで考える。しかし、日本人はそこまでを考えない。 だから、オイル・ショックの様な事が起こると、とたんに狼狽し、日本中がパニックにおちいる。  日本も先のことを考えて原子力の利用をしているのではないかという人もあろう。その原子力発電にしても、海外からの輸入技術で、日本人が独自に開発したものではない。 しかも、廃棄物の再処理問題も解決していないうちに、何処かの国で再処理技術も開発してくれるだろうから、そのときに処理技術を導入すればいい。 それまでは、どこかにためておけ。  これで、先の事を考えたつもりなのである。」  上述の状態は 25 年を経過した今も余り変わっていない。 糸川英夫博士は 1996 年徳間書店から出版したその著書「日本でくらしたい日本人のために、これだけは言っておきたい  -   21 世紀への遺言」170頁以降に次の様な文章をも残している。 少し長いがここに引用する。  「 核開発をめぐる人間のおごり  もう一つの話をします。世界中のマスコミの大反対の中で、フランス政府は、南太平洋のムルロワ環礁で核実験を強行しました。今後も、核兵器開発は止みそうもありません。  ここで、考えてみたいのは、第一に「核技術とは何であるか」ということと、第二に『民生技術はどうなのか」、第三に「核技術と我々の、経済状況、社会状況とのかかわり』です。  まず、第一の核技術と...